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正心調息法
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大断言


正心調息法説明図pdf
(青山講習会資料)
正心調息法WEB講座/大断言
■大断言
うちゅうの むげんの ちからが こりこって
宇宙の 無限の 力が  凝り凝って
   まことの だいわの みよが なりなった
 真の 大和の み世が 生り成った

天地人一体となって、宇宙全体に平和が満ち満ちている様を
イメージしながら念唱する。
大断言の意味
大断言とは、鈴の印と同様に博士が永年お付き合いをいただいている守護霊の方から教えていただいた、平和を祈念するパワー溢れる言霊です。著書でいうと「宇宙無限力の活用」を執筆された後に享けられた言葉ですので、「地球の破滅を救う」以降に述べられているものです。

「凝り凝って」というのは「どんどん集まってきて」あるいは「現実化して、現実化して」ということ。
そして「大和のみ世」というのは、人間界だけではなく、天地人一体となった、宇宙全体に平和が実現している世の中のことを言います。

ですから、意味としては、宇宙の無限の力がどんどん集まってきて、宇宙全体の平和が出来上がりましたよ、ということになります。「大和のみ世」を創りたいとか、出来上がって欲しいという願望系ではなく、すでに出来上がっていると断言すること。それが大断言の意味ということになります。

大断言は言霊
博士はこの「大断言」の文言については、言霊であるので一言一句変えてはならない、このまま唱えなさいと言われています。

日本語を解さない方たちについては、本来は言霊なのでこのまま日本語で唱えるのが良いのだけれど、意味が分からないと言霊の力が発揮できないから、やはりその国の言葉に翻訳するのがベターだろうと言われています(この辺りは「正心調息法と大断言」HPの「熱海へ」参照)

それから気をつけていただきたいのは、自分の願い事に対して想念・内観を過去形で発すること自体を大断言と勘違いしている方もおられます。ゴルフダイジェスト社系の本には、そう書かれていたりもします。それでは「一言一句変えてはならない」という博士の言葉に反することになってしまいます。

「大断言」というのは、上記の文言に対しての固有名詞だと考えてください。お間違いなきよう、お願いします。

大断言は単体で唱えても良い
正心調息法の「吸息→充息→吐息→小息」のサイクルを25回実修した後は、静息時に10回大断言を唱えます。その他にも、博士は正心調息法と切り離して、単体でも良いからできるだけ沢山大断言を唱えて欲しいと言われています。唱えれば唱えるほど、天に徳が積まれ、過去のカルマが一つ一つ剥がされていくということです。

たしか山口県の方だったと思いますが、あるお坊さんは毎日400回唱えておられると聞いたことがあります。「正心調息法と大断言」の掲示板仲間で大宰府に住まわれている方は、博士の年齢に合わせて唱えられています。毎年3月になると1回づつ増えていくことになりますね。たしか既に累計で10万回を越えています。
皆さんも、別に回数にこだわる必要はありませんし、ある日時を決めて一斉に唱えるなんてことも必要ありません。他人に無理に奨めることでもありません。自分の必要に応じて、適宜唱えていただければけっこうです。

大断言の唱え方にルールはない
大断言の唱え方にルールがあるわけではありません。自分が一番気持ち良く感じるテンポ、唱え方で結構です。
正心調息法講習会などで最後に唱えるときは、いちおう実修が終わった後という条件付けをして、鈴の印を組んで唱えますが、通常は鈴の印を組む必要もありません。
また、言霊ですので声に出した方が強くなりますが、例えば電車の中で唱えたら怪しまれます。環境や気分によっては、心の中で念ずる形でも構いません。

大断言とイメージ
大断言を念唱するときには、併せて人間界だけでなく、地球全体、宇宙全体に平和が実現している様をイメージします。地球全体、宇宙全体にということが漠然としていてイメージしにくいようであれば、「より良き未来」ということに置き換えてもいいのではないかと、私は思っています。

「地球交響曲」というドキュメンタリー映画でよく引用される「人間の想像力は絵空事ではない」という言葉があります。人間が想像したこと、イメージしたことというのは実現していく可能性があるのだよ、ということです。
どんなに小さなことでも構わないから、各人各様の「よりよき未来」を思い浮かべること、その総和というものがとてつもないパワーを発揮するのではないかと考えます。どんな小さなことでも構わないし、各人全くバラバラのことでも構いません。むしろ沢山の人で同じことをイメージするというのは、危険なことかも知れません。価値観が変わってしまうと全く無意味なことになってしまったり、場合によってはカルト的な狂信に陥ってしまう可能性もあります。

例えば戦争。民族、宗教、経済格差等々の問題が複雑に絡み合って、現在でも戦火は絶えることはありません。この状況の中でもし「私なら今すぐ戦火を止めることが出来る」と宣言する人間がいたら山師でしかないでしょうし、「10年後には必ず戦争を廃絶する」と言う人が現れたとしても、とても信じるわけにはいかないでしょう。戦争廃絶などという糸口は何処にも見つからないという方が現実的な判断とならざるを得ません。

でも、だから戦争をなくすことは不可能だと諦めてしまってはいけない。武器商人的な人たちを除けば、世界のどんな人々でも、日本のどんな再軍備論者であろうとも、戦争が無くならない方がいいと主張する人は少ないはずです。最低限、戦争がない世界を、という想いは捨て去ってはいけない、忘れてはいけないのは勿論なはずですが、それを実現するための具体案を示せないのも、哀しいかな事実です。

具体案を提示できないのなら、とりあえずは無条件で博士の言われることを信じてみよう、というのが「大断言」に対する私のスタンスです。そういった意味で、大断言を念唱しながら、どんな小さなことでも構わないから「より良き未来」を思い描くということは重要なことのように思われます。そういう観点から、講習会に参加していただいた皆さんには、より沢山の大断言念唱をお願いしています。
最近、科学が心の領域に近づいている事に関する本をよく読みます。難しくてなかなか理解できず、ましてや人に説明できるレベルにまでは到底到達できません。

それでもおぼろげながら妙に感じるのは、これまた理解できているとは思えない「般若心経」との関係です。
量子力学関係で「見ようとすれば有り、見ようとしなければない」的な文章を読むと、「何だこりゃ、般若心経の世界なんじゃないか」と思えてしまいます。
なにか読めば読むほど、科学がアプローチしようとしているのは「般若心経」の世界なんじゃないかという気になってしまいます。

最近は大断言も「般若心経」の世界にも通ずるのかなと思うことが有りました。
知人が海外に行ったとき、般若心経に出てくる「空」を英語にするとどういう単語になるのかと聞かれたそうです。知人は、突然だったことも有り、自信のないまま「nothing」と答えました。日本に帰ってから、他の方にその話をすると、それは間違いで「anything」と訳すべきだと言われたそうです。つまりは「空」というのは、全てのものが有る状態、あるいは全ての要素がある状態のことであり、「色」というのはそれが具体的な形を取ったものである、ということなのだそうです。

それを聞いて、ああそうかと思いました。「宇宙の無限の力が凝り凝って」というのは、「空」から「色」を取り出してくる過程のことを言っているのではないか。そんな気がしてきました。
塩谷博士は「大和のみ世はもう上には出来上がってるんだよ」と言われたことが有ります。あとはどれだけ早くそれを我々の世界に引き下ろすことが出来るか、ということのようでした。少なくとも「大和のみ世」の要素はもう既に全て揃っているということなのかもしれません。

大断言
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