塩谷信男医学博士とは?
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塩谷博士は1902年(明治35年)3月、山形県上の山町で塩谷家の長男として誕生。子どもの頃は病弱で、とても大人になるまでは生きていられないだろうと周りからも思われていました。

中学校に入り、教頭先生から腹式呼吸法を奨められ、とにかく健康になりたい一心で取り組むようになり、それをきっかけに徐々に健康を回復していきました。
当時、いろいろな呼吸法が創始されており、博士もそれらを学びながら、自分に適した呼吸法を創り上げていきました。

その後、東大医学部を卒業。京城帝国大学医学部助手、助教授、東大物療内科を経て、1931年(昭和6年)5月に渋谷で内科医を開業、「生命線療法研究所」の看板も掲げ、手当て療法も合わせて治療。以降、1986年(昭和61年)に閉院されるまで51年間、医業に携わられました。
博士100歳の誕生日頃の写真
塩谷博士Profile
現在、渋谷駅から青山方面に向かう宮益坂の中ほど左手に渋谷郵便局がありますが、その裏手に病院はあったようです。以前は「美竹町」と呼んだようですが、今はその町名はなく、わずかにビルや教会の名前と公園の名称にその名を残すのみです。2枚目の写真の左側のビルも美竹ビルといいますが建替え予定とのこと。また一つ、名前が消えそうです。
おそらく博士の病院は2枚目の写真の道のどこか、3枚目の写真の辺りにあったと思われます。博士が開業された当時は、医院の南側は農場、北側は梨本宮邸に挟まれ、その両端に人家が数件あるだけの閑散とした通りだったとのことですから、今はもう様変わりですね。撮影したのは昼休みの時間帯でしたが、人が途切れることはありませんでした。
現在の宮益坂
宮益坂の北側の道
渋谷郵便局裏手
美竹公園
現在の正心調息法の原型というものは、博士60歳の頃には完成していたようです。しかしながらそれを公にすることなく、過ごされていました。
が、91歳の誕生日を迎えたとき、突然この呼吸法をこのままお墓に持って行ってはいけない、との思いを抱き、それから著作活動、講演活動を始められることになります。

博士が主張されていたのは、健康法を創始した人は数多くいるけれども、その本人自身が意外と長生きしていない、ということでした。たしかにかなり早めに亡くなった方もいますし、わかる範囲では心身統一法の中村天風氏の92歳というのが、もっとも長生きされた例です。

この正心調息法が有効なことを証明するために100歳まで生きてみせると博士は自ら断言されて、そして2002年3月に見事に100歳の誕生日を迎えられました。この年は桜の開花が異常に早くて、博士の誕生日の頃には100歳を祝うが如く、桜は満開。
百歳記念講演での熱弁
月が明けて、4月6日には中野サンプラザ大ホールで「100歳記念講演会」を開催。2,200名の会場でしたが、2週間前ほどにはチケットも完売するほどで、大変盛大な講演会になりました。
塩谷博士を語る上でかかせないのは、ゴルフとの関わりです。
始められたのは1936年(昭和11年)とのことですから、あの二二六事件が起こった年ですね。博士の話を聞いていると、ゴルフというスポーツに出会ったことを本当に喜ばれているのがよくわかりました。100歳の夏まではほぼ毎週のようにコースに出られていました。

ハンディが1桁になった人(つまりは上手な人ですが)をシングルプレーヤーと言います。塩谷博士は60歳の時、ハンディ13。そこで一念発起してシングルプレ
ーヤーを目指し、とうとう65歳の時にハンディ9になりました。しかも翌年66歳でハンディ8になるという快挙。65歳でシングルになるというのも珍しかったようですが、さらにたった1年で8になるというのは日本記録ではないかと当時は言われたそうです。
さらには、92歳を過ぎてから年齢にふさわしいスイングを完成しようとフォーム改造に走ったというのですから、恐れ入るしかありません。博士のいつに変わらぬ真摯な姿勢に脱帽です。

そしてもう一つの輝かしい記録はエージシュート。87歳の時に83打、92歳の時に92打、94歳の時に94打と3回達成しています。写真は3回目のエージシュート達成記念植樹前でのものですが、94歳でのエージシュートはギネスブックには申請していないものの、世界記録ではないかとも言われていました。

エージ・シュート(Age Shoot)

ゴルフで、1ラウンドを自分の年齢と同じか、またはそれより少ない打数でプレーすること。18ホールで、男性は6,000ヤード以上、女性は5,400ヤード以上のコースでなければ認められないとのことです。

エージシュートは、1975年生まれのあのタイガー・ウッズでさえ、今の実力を維持できたとしてもあと30年近くは達成できないくらいの難しさを持っています。一般的なコースは1ラウンド72打を基準としていますが、プロの最高記録として60打弱、58か59打でプレーしたというのを聞いたことがあるように覚えていますが、60歳になっても60打以下で回れる体力、技術を維持できているかと考えると相当の難しさです。

インターネットで検索してようやく見つけましたが、アマでの最長寿記録はカナダのトンプソン氏が103歳で98というのが有るそうです。塩谷博士の記録は公式大会のものですが、トンプソン氏の記録も残っているのですから、きっと公式のものなのでしょうね。プロではベン・ホーガン氏が64歳で64という記録があるそうです。